手放すこと

最近思うんです。

美味しいものとか、楽しいことをやっていているとき気分がいいですよね。

最近は、手放すこと、瞬間に小さな幸せを感じます。

不安でしたり、執着でしたり。

ずっと心の中でわたしの「頑張り屋」が走り出す時、手放す瞬間だけは、休んでくれている気がします。

なんか、頑張り屋の心とは別に、心の中に子供の頃の僕の心がいるんですよね。

先日、自分の心を慰める様なブログを書きましたが、子供の私に対して優しく語りかける感覚です。

「つらかったよねえ」「10歳の俺ってそんなこと考えてなかったよね!?」「やっぱあれが楽しいよねえ!?」

と、自分と対話しています。

で、ここが大事なんですが、子供の頃って親の思想が全てのようなところがあった気がします。

「反抗期だったから親の考えは特に聞いていなかったよ」というような声も聞こえてきますが、その反抗する根源はやはり「親」ですよね。

親がいて反作用、つまり反抗期というものは成立します。

これは良い悪いの話ではなく、我々は大人になっても「親」の考え方というのはどうしても行動に影響しております。

「〜をしなさい」「〜をしたら悲しむよ」「〜をしたらがっかりだよ」「どうしてそんなことをするの」

一回このような親のフレーズ、全部否定しちゃいましょう笑

親を悲しませても良いんです。親と自分は違うんです。素体が違うんです。同位体にはなれないのです。

いいじゃないですか。いままでいい子に育ってきたんです。

褒められてこなかったんなら、尚のことその親の願望なんか叶えなくてよし。

親のために結婚なんかしてやらなくていい。家族を作ることが親孝行だなんて考え方をしなくていいです。

仕事だって、立派にしてやらなくていいんです。

自分の心の中の子どもの心の話を聞いてあげてください。

自分は何をしたら楽しいのか、何をしたら悲しかったのか、聞いてあげてください。

自分が自分の理想の親だったらなんて自分に声をかけてあげますか?

一緒に、考えていきましょう。

僕も、自分のために考えます。あなたはひとりじゃありません。

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